「キイル/エルヴァンナ」 [言葉orイラスト]
キイル
彼女は胸に犬を抱いて帰ってきた。
背中が真っ黒で腹が真っ白な二色の犬だ。
声帯をやられているらしく声を立てなかったが
私たちを見上げたその瞳は美しかった。
彼女はさっそく犬に私の名前を付けた。
私の名前を持った犬はこれで十七匹目になった。
二つの椅子と砂糖で汚れた狭い食卓。
彼女が胸を開くと蜜柑の匂いがする。
「どうして私たちが拾う犬は
みんな咽喉をつぶされているのかしら…」
牛乳に浸したパンを、犬に与えながら彼女が言う。
「ねえ、キイル…私たち…何か大切なことを
忘れているような気がするのだけれど」
ああ、でもそれは約束違反だよ。アンナ。
訊ねてはいけないことを訊ねてはいけない。
二人が黙ると静けさの中に
機械のような音が混じりだす。
総てをなぎ倒し、運び去るような
強い強い風が吹いてくるのを二人はずっと待っている。
目を閉じた私の足もとから
私たちの部屋は草原のように広がり始める。
(傍にいて、アンナ、僕の傍に………)
犬たちは遠く彼方へと駈けていき
私は思い切り指笛を吹く…。
エルヴァンナ
女は胸に犬を抱いて帰ってきた。
背中が真っ黒で腹が真っ白な二色の犬だ。
針金に咽喉を切られて息絶えたその体を
ぼんやり見下ろしている、虚ろな瞳。
彼女はゆっくり椅子に座る。
床一面の犬の骸。
二つの椅子と砂糖で汚れた狭い食卓。
食べかけの蜜柑が朽ち始めている。
「どうして私たちが拾う犬は
みんな咽喉をつぶされているのかしら…」
牛乳に浸したパンを、口に運びながら女が言う。
「ねえ、キイル…私たち…何か大切なことを
忘れているような気がするのだけれど」
女が黙ると静けさが辺りを打つ。
ベッドの傍には立ち尽くす記憶の影。
愛情に満ちた目の、その男の首には
深く赤い傷がついている。
空っぽの心にこだまする問いかけの言葉。
殺した男の名を呼ぶ、乾いた唇。
やがては記憶も、この部屋も
時間という流砂に呑み込まれていく。
ねえ、キイル…私たち…何か大切なことを
忘れているような気がするのだけれど…………
イラスト×文章で、また暗いの来ました(笑)。
文章はずいぶん前に書いたもので、「キイル」が15年くらい前、続きとなった「エルヴァンナ」が6、7年くらい
前だったでしょうか。続きというか、同じ情景の表と裏というか…。
幽霊キイルとアンナが心で見ている情景は上、でも、それを客観的に見ると下の文章のような感じかな、と。
キイルは夜の神の想い人に手を出した、草の精の息子。その呪いで「お前を愛するものは正気を失うだろう。
そしてお前は愛するものに殺されるだろう」の予言を受ける……という設定になっています。
中学ぐらいからずっとお話を考えていて、時々色んなシーンを書いてみたりして遊んでいます。
紙と鉛筆さえあれば、いくらでも遊んでいられる安上がりな私(^_^;)。最近はポメラにバージョンアップ
したけれどもー☆
イラストはペインター9.5です。何だか描き足りない気がしたのですが、いいや、とペンタブを置きました。
この二人には永遠の夕暮れが似合うような気がするので…。
あの、「天才」って呼んでいいですか(笑)?
「永遠の夕暮れ」…かぁ。
by ruins72 (2010-07-05 02:38)
イラストと文章のシンクロが見事です!本当に素晴らしい☆
Shin.
by Shin.Sion (2010-07-05 07:09)
どこで筆を止めるか、どこまで言葉を削ぐことができるか、それが難しいですよね。
by haru (2010-07-06 06:50)
脱帽×∞~♪\(^▽^o)(o^▽^)/♪
by p-can♪ (2010-07-06 19:26)
感性のセンス、脱帽です。
by eiichiBOX (2010-07-06 20:17)
はじめまして。
いつもこっそり拝見させていただいております。
写真も素敵なのに文章までも……
ますます、ファンになってしまいました。
by kokon (2010-07-08 21:04)